◆ 1995年4月22日(土)
土曜日の朝

   山側の開け放された窓から朝風が入り込む
   チューブの曲が聞こえる。
   「このCDいいねぇ〜・・・カセットに入れてくれる」>母
   「車の中で聴きたいから」>母
   「いいよー」>大助     [終わらない夏に]’94/6/15

◆ 部品交換車両を預かりに行く
バイクを預かりに行く、軽トラの助手席に乗る大助

    ラジカセからチューブの曲が流れる。
    走る軽トラの窓は全開・・・吹き込む風に髪が踊る頬をくすぐる。
    大助は左腕の肘を窓枠に置き、頬杖をして空を見上げながら
    歌っていた。                          
◆ 天気予報は雨のはず
◆ 部品交換作業をしながら
◆ コーヒーブレイク
◆ 部品在庫確認(午後1時半ごろ)
◆ GSXR750で部品を取りに行く
◆ 3時になっても戻らない
◆ 電話が・・・・
◆ 足利日赤病院へ急ぐ

1995年 4月22日


事故に関わる部分のページ作成に・・・・なかなか取り掛かれませんでした。
大助の生きている姿(写真)・・・指導日誌を書き込み転記しながら、
大助の生きた時間を共有するページを作りたいと思っています。

母親として息子のために出来ることは・・・・

”大助が生きた証しを残す”
こと