指導日誌1993年6月4日〜11月20日
反省の記録:今回の行為、行動の内容を記述し、反省しなければならない事柄を
書きなさい。また、現在の心境を素直に書きなさい。
君の明日が良い方向へ開けるように
行為、行動の内容:1992年10月13日火曜日 16才になって1ケ月弱原動機自転車の運転免許証を取得した。1993年4月7日水曜日原付免許を取得して約半年、7回に渡る受験で自動二輪・小型限定の試験に合格し、翌日、自二小の運転免許証の交付を受けた。
反省:家中に三ナイと言うものがなかった為に、2段階の運転免許証を取得した。もし眼の前・頭の中に三ナイの文字が輝いていたら、免許は取得していなかったと思う。それにバイトをやめるように言われたが、やめなかった。同じ事を二度言われた。その事で2人に迷惑を掛けて指導明けをのばしてしまった。一度言われて、しっかり守っていれば2人を道連れにしなくてもよかったのに・・・・あの2人に本当にすまないと思っている。昔、中学の時、友人が卒業文集の代名に“後悔先に立たず”と、書いていたのを思い出して確かにその通りだと思った。
現在の心境:再交付して、また走り出そうとは思っていない。自分の愛しいあのマシンは、今はガレージの片隅で埃をかぶってます。本当は、こう言った光景はあまり見たくない。けれどこれも自分の為だと思う。自分の大切なマシンを自分から離す事によって、自分にも他人にも“コイツはバカだから、すぐに楽な方へ流れるんだ”と言われた。その言葉を・・・こう・・変えて見せつけてやる。俺はアイツの力を借りなくてもやって行ける。アイツと一緒じゃなかった頃の様に生活していける・・・と、又、俺のワガママを聞いてくれたアイツへ・・・この一言 “thank you YSR certainly come back” とこんな感じの訳:ありがとうYSR君、必ず迎えに来るからね。
母から担任へ:きょうまでの、子供への学校の対応で納得し得ないことがあります。なぜ、授業を受けられないのですか?校則の三ナイって保護者の側から出された要望で、学校の本意ではなかったとF先生は言ってらっしゃいましたね。その“要望は”保護者全員の要望だったのでしょうか?確かにバイクは危険な乗り物です。四輪車より搭乗者のリスクは大きいです。健康状態・精神状態・ほんとうにそのまま走行時に、もろに出てしまいます。心身共に良い状態を心がけ努力しないと、走らせることはできません。(ベストな走りができない)大助の免許を取る大きな要因は家業にあります。ごく普通のサラリーマンという家であったなら、校則である三ナイをそのまま受け入れていたでしょう。ですが・・・・私共の家庭はオートバイを生業としている親の希望で大助に免許取得をさせたのです。保護者の要望で免許を取った子に教室で授業を受けられない措置は納得いきません。バイクを取るか学校を取るかなんて選択は脅しです。学校にとって不都合を無くすためだけの選択ではありませんか・三ナイと言うことがまったくあてはまらない家庭にとって、罰則を子供に向けるなら親の側に向けていただきたい。
けっして、後ろめたく思わなければならないことをしたのではないと・・・・
私は大助に言います。
健康のためにマラソンはいいから・・・・「いいんじゃない」と大助に言いました。
けれど、「体の調子の悪いときは、走るのは休ませてもらいなさいよ」と言いました。
その時は許可いただけるのでしょうか?
指導日誌
1993年6月4日から11月20日まで 大助が書き綴った指導日誌を転記しています。 未熟な文面の中に大助の高校生活の日々、何を思い・・・・ どんな風に生きていたか・・・・大助のことを知ってください 母 |